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midqqのブログ

マンガとSF、時々テクノロジー。その他、雑多に書き綴ります。

傘がなくなる日 (SF短編)

SF 今週のお題

今週のお題「雨の日グッズ」

 

***

「出かけるときは忘れずに。」

こういったキャッチフレーズの対象に、雨具が含まれなくなったのは何時からだろう。

 

ふと、そんな想念が頭によぎったが、いまどき仕事のために外出する人間なんか、珍獣みたいなものだとの悪感情の前に消え去ってしまった。

VR技術が発達し、一般的な勤務形態が在宅勤務となって久しい。VR技術が発達する前にも、インターネットの充実に伴い、在宅勤務を導入すべしとの機運が高まったことがある。しかしながら、NVC-非言語コミュニケーション-の欠落が露わになるにつれ、下火となってしまった歴史がある。純粋な言語だけでの交流というのは、やはり難しいのだろう。その欠点が解消された時点で、爆発的に普及し、今に至っている。

 

お、雨か。

屋内から出た瞬間、雨が降っていることに気付いた。本格的な雨模様というのだろうか、ざあざあと音がする。

そういや、梅雨とかいうのだったな、この季節は。

在宅勤務とは言え、仕事以外で外出することは、ままある。VR技術によって、軽度な運動を伴う気晴らしは在宅でも可能とはなったが、やはり狭い住環境では限界がある。大型の体験スペースを備えた娯楽施設も流行っているが、自分は近所を散歩することに楽しみを見出していたりする。

 

プシュと小さな音が、体から立ち上る。”立ち上る”のは煙などであって音ではないとの反論が聞こえてきそうだが、体感してみるとその通りとしか言いようのない不思議な聴覚に包まれるのだ。

ウェアラブルナノマシンと呼ばれるテクノロジーにより、人類の服飾は劇的に変化した。皮膚常在菌のように人体に張り付き、お好みのデザインのファッションをナノマシン自身が構築してしまうのだ。初期世代のころは、裸の王様事件とよばれる傍から見ると滑稽な不具合も発生していたが、何世代かの進化を遂げた今では、VR技術と同じく、欠くべからざるものとして人類社会に定着している。体から立ち上る音は、この皮膚常在人工菌が反応した結果といえる。雨を感知し、防滴モードを付加したのだ。

ウェアラブルナノマシンの優れたところは、自由に見た目を構築することだけでなく、人体全身を保護する仕組みを備えていることだ。古典的なコメディバラエティ番組で見られるような全身タイツを想像するといい。もちろん頭部全体にも広がっているのだが、ファッション性を兼ね備えているので、顔面などでは透明にすることもできる。結果、ウェアラブルナノマシンの爆発的発展とともに、専用の雨具は廃れてしまった。

 

しばらく歩みを進め、前方の違和感に気付いて目線を上げた。

はたして目の前を二人が寄り添いながら、傘を差してゆっくりと歩いていた。体の寄せ具合から、かなり親密な関係なのだろう。うらやましい限りだ。彼らお互い外側の肩が濡れてしまっているが、気にも留めていないようだ。

なんだか甘酸っぱい懐かしい響きを伴いつつ、「相合傘」と呼ぶことを思い出したのは、二人を追い越して暫くたってからだった。